48歳の男

最近、ニュースで報じられている主な殺人関係のニュースに、やたら、「48歳の男」が目に付いて仕方がないです。

実はわたしも48歳なのですが、同じ年に生まれ、こうして平凡ななりに平和に暮らせている有り難味を感じざるを得ません。

何がどうして、殺人など犯さなければならなかったのか???

それも、時期を同じくして、「48歳の男」がふたりもニュースで報じられている。

ひとりは、死刑判決が下ったそうです。

わたしは、精神世界のことを学んできた為、死後の裁きを信じてます。

間違っても、地獄など恐くて行きたくない。そう思い続けて35年以上たちます。

あのふたりの殺人犯の行く末を誰が天国へ行くなんて想うでしょう。

天国どころか、煉獄ですよ。きっと。

同じ48歳の人たちは、どう感じているのでしょう?

少しでも、生きているうちに死後の世界のことでも学んで、より、善く生きることを学ぶべきじゃないか?

お金をいくら稼いだところで、あの世には持っていけないんです。1円たりとも。

死後持ち越せるのは、「本当の学問で身に付いた教養・智慧」「ひとつのことを貫き通す信仰心」「芸術」だと言います。この3つだけだと!!

死ぬのは、避けられません。誰でも死にます。きんさんぎんさんだって長生きしましたが、亡くなりました。

わたしは、どうせ24時間という1日の時間・365日という1年間を与えられたのなら、それを有意義に使いたいと想います。

人間は、幸せになる義務があるんです。

それが、命を与えてくださった神様・仏様への感謝であり、幸せになる権利ではないのです。義務なんです。

人を殺して幸せになれますか?

殺さないまでも、苦しめて幸せになれますか?



わたしは、人様を幸せにして、自分も幸せを享受したいと考えてます。

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